M&Aの本質企業の買収・合併の、いわゆるM&Aは引き続き活発のようである。しかし、ひと頃のような勢いは薄れている感じがするし、内容も変わってきている印象だ。
改めて、なぜM&Aがあるのか、と考えてみると、
@人も企業も国家も大きくなることへの、あくなき欲求がある。
A歴史、ノレンに代表される「時間」というものは、どうしようもないから、M&Aで時間を買う。
B「需要」と「供給」のバランスを取ろうとする。
などがあるように思われる。
こうしてみると「勢力拡大への本能」であり、「ノレン(暖簾)、ブランドに対する憧れ」、そして「競争・生き残り」、という言葉に集約されるように思われる。
なぜ、勢いが薄れて来たのだろう。「量」と「質」で考えてみると、量ということでは、最近のM&Aブームの反動が出始めているようにも思われる。
一方、質の面では、買収・合併してもうまく行かないケースも目立ち始めていることがある。上場を目標に、歴史のある企業を買収したものの、逆に本体の収益を悪化させることになり、買収先企業を消滅させたところもある。また、船場「吉兆」に代表されるように、憧れていたノレン、伝統がいかに脆いものかが露呈された。
M&Aは、ある意味、「弁当箱」を手に入れるようなものである。しかし、いかに、きれいな弁当箱でも中身の「ご飯、おかず」が、まずかったり、ましてや、フタを開けたら空っぽだった、ということでは、何のためのM&Aか、ということになってしまう。日本には、古くから中身を大切にする考えがあり、たとえば、竹の笹に包んだ、おにぎり弁当という、素晴らしいものがある。
ドル本位制による、アメリカの世界支配も形を変えたM&Aだろう。そのドル本位制も危うくなっている。世界各国が、自分たちの存在感、特徴を訴え始めている。ヨーロッパは、「EU」を組んで、存在感を打ち出している。
日本では、戦後の物のない頃から、「作れば売れる」時代が長く続いた。しかし、少子高齢化で「供給」側の企業数が多すぎる時代を迎えている。
このため、今後も、「需給のバランス」面の生き残りのための、M&Aは続くものとみられる。だが、「入れ物」を手に入れるだけの、安易なM&Aは影を潜めるのではないか。「仏つくって魂入れず」では、御利益は期待できない。ブランドに対する夢、憧れも打ち破られた。大きくなることより、「小さくても、内容の良い会社」を社会が求めるようになってきた。









































































