資源価格高騰の補填が行過ぎると「統制経済」への審判が高まる
また、秋の夜長に天井を眺めてのバカげた空想。原油価格の高騰が生活を圧迫している。特に、トラック輸送業者や漁業者には死活問題だ。支援するのは分かる。しかし、あちらからも、こちらからも支援の声が高くなったら、どういうことになるのだろう。怖い話だと、天井を見詰めて考える。
今は原油相場が落ち着いているが、この先、上がらないという保証はない。世界がそろって豊かになって行くのだから資源消費は確実に増える。皆んなが寄ってたかって、地球を食べて行くのだから資源の価格は下がることはないだろう。原子力などの代替エネルギー開発による人間の知恵に期待したいところだが、消費が速過ぎて開発が追いつかない可能性がある。
待っているのは、恐らく統制経済だろう。「原油は、もうこれだけしかありません。各人が好き勝手に使わないで下さい」という姿だ。アメリカへの割り当てはこれだけ、日本へはこれだけというように。当然、各国においては、必要なところに必要なだけの原油使用が割り当てられる。戦後の食糧割り当て制のように。自由競争の民間企業レベルでは、とうていコントロールはできない。
つまり、これまでの、「競争」によって解決する社会から、「統制」に頼る社会だ。東西冷戦が終わって、世界が豊かになり、さらに、発展のスピードは高まる。「自由を満喫」できるのも、あとしばらくかもしれない。それでも人は生きて行かなくてはいけない。









































































