「ベルリンの壁」が崩壊して、東西冷戦が終焉となってから、まもなく20年近くになる。冷静終結で言われた言葉が、「平和の配当」、だった。NYダウは1989年11月当時2500ドル程度だったが、2007年10月には1万4218ドルまで上昇、5.7倍の値上がり、という配当を受け取ったことになる。しかし、日本はというと、当時の日経平均は3万8915円の高値圏、そこから2003年には7607円まで下げ、今でも1万4000円台にすぎないから、日本には配当はなかった。しかも、平和の配当どころか、「ツケ」、のほうが日本には大きい。旧東側諸国が豊かになったことで、原油、鉱物資源価格が高騰。さらに、今は食糧の高騰が日本人の生活を脅かせている。当時の日本は、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と威勢がよく、アメリカの土地を買い漁って、トラの尻尾を踏んでしまった。その、反動としての日本叩きだったのかもしれない。
問題はこれから、「どうする日本」である。アメリカという国は原油も鉱物資源も食糧も持っている。日本はモノ作りの技術中心で資源はない。生きて行くには、技術は重要だが、その前に資源ナショナルリズムが台頭し始めている。たとえば、小麦をみても、いくら高い値段を提示しても、輸出禁止の動きもみられ、売ってくれないのである。しかし、手をこまねいていることはできない。日本には米(コメ)作りのノウハウがあるではないか。まず、ここを押さえておかなくてはいけない。ハラが減っては戦ができぬ。技術より、まず、食べなくては生きていけないのである。
放置しておくと、食糧を手にすることができる人と、できない人の格差が出る。今のような格差とは異質のものであり、エサの奪い合いの血走った格差につながっていく。そうならないためにも、今こそ、政治の出番である。






























































